手術した方はご存知だろうが、術後1日〜2日くらい飲むことも食べる事もできない。
その間、点滴で過ごすのだが、やっと口から物をとれるようになっても、始めはお水から、それからおかゆの汁 ⇒ おもゆ ⇒ おかゆ、…とゆっくり慣らしていく。
食事ができない辛さよりなにより、麻酔が切れた後の痛みは想像していた以上だった。
傷口が痛くて、トイレに行くにも看護婦さんの手を借りずして起きあがれないのだ。
さらに産後3ヶ月だった私は、授乳ができない為、胸が石のようにかちんこちんになってしまっていた。
すいません、お乳を絞ってもらえないでしょうか…・
人様にお乳を絞ってもらったのもこれが最初で最後だろう。
熱い蒸しタオルで胸を温め、看護婦さんに搾乳してもらうとぴゅーっとお乳が出た。
徐々に石のような胸が柔らかくなっていく。
牛ってこんな気持なのかも。牛の気持が少しだけ分かった私であった。
 病院というところは、いろいろな患者さんがいる。
私の入院した部屋は3人部屋だったのだが、隣りのベットの女性は「がん」であった。
その事を知ったのは、女性が手術する前日のことだった。
胃潰瘍だと私に話していた彼女は、40代のとても明るい女性だった。
先に手術をした私が、痛さに泣いていると「看護婦さん、もっと手伝ってくれればいいのにね。痛い時は痛いって言っていいんだよ。」とカーテン越しに優しく声をかけてくれた。
自分には子供がいること、子供達がお見舞いに来やすいのでこの病院にしたこと など
色々な話しをしてくれた。
今考えると、どんな気持で手術をした私の話しを聞いていたんだろう。
怖くて、不安で、それでも彼女は私の話しに耳を傾け、優しく声をかけてくれたのだ。
「明日は手術だから。」彼女はそう言ってしばらく沈黙が続いた。
「実はさ、私、癌なんだ。」
「えっ?」
「怖いよ・・…」
カーテンの向こうの彼女は泣いているようだった。
頭を殴られたような衝撃が走ったと同時に目の前が涙で見えなくなるのがわかった。
一番泣きたいのは彼女なのに、後から後から涙が出てくるのだ。
「つらかったね…・ごめんね…・」
そう言うのが精一杯で、なんて言葉をかけていいのか分からなかった。
私は自分が弱音を吐いたことをすごく後悔した。
もしも私が逆の立場だったら、きっと独り閉じこもって誰とも言葉を交さずにいたかもしれない。自分のことで精一杯で他人の事を思いやる余裕なんてなかっただろう。
人というのは、本当につらい時、その人の人間性が問われるのかもしれない。
手術の前日、お見舞いに来た職場の同僚達を気遣う彼女を思い出しながら、手術の成功を願わずにはいられなかった。
 翌日の夕方、長い手術が終わり酸素マスクをつけた彼女が個室に入っていくのを彼女の家族と見守りながら自分の部屋に戻った。
「どうか、元気になって…・」
結局彼女と言葉を交わせないまま、3日後、私は退院した。
嵐のような1週間、、私にとって忘れる事の出来ない経験だった。
彼女に教えてもらった優しさと強さを心から感謝したい。