今でもよく思い出
す。花壇に実った採りたてのイチゴのすっぱい味、ペンキのはげたブランコの手すり、冬、物置においてあったみかんの冷たい感触・・…
 
 私達家族は父親の会社の社宅に住んでいた。社宅は1号棟から3号棟までの4階建で、各棟には広々とした芝生の生えた敷地があり、各家庭ごとに花壇を作ったり、野菜を栽培したりと思い思いに楽しんでいた。社宅の中央には公園があり、子供達が遊ぶには充分な広さだった。私達はそこでドッチボールをしたり、ドロじゅんをしたり、野球をしたり、空が真っ暗になるのも気付かないくらい遊びに夢中だった。60世帯ほどの社宅だったが、ほとんど顔見知りで知らない人はいなかったと思う。今考えると図々しいが、毎日どこかのお宅にお邪魔していた。隣の人は何する人ぞ…など考えられない程、近所同士よく行き来し、当時はコンビになどあるわけもなく、私は母親がうっかり切らした砂糖や塩を近所に借りに行き、お土産にもらうお菓子を楽しみにしてたりした。

 私達は女の子、男の子、年齢は関係なくいろいろな子と遊んだ。子供の頃の記憶というのは全て覚えている訳はあるはずないが、今でも記憶に残っている言葉や場面というのは子供心に何か感じるものがあったからなんだと思う。

今でも鮮明に思い出す出来事である。

 いつものように私達は子供同士で遊んでいた。母親同士も仲がよく遊びまわる子供の横で立ち話をしていた。子供というのは正直だ。何の計算もなく思ったまま言葉を発する。同じ社宅に住むY君に弟が生まれた。子供の中の一人が、抱っこする母親に向かって言ったのだ。
「お母さんに似なくてよかったね。」
その瞬間その母親の顔が鬼の形相に変わった。
「何てこと言うの!!この子は!!」
言った子供の言葉も悪気はないにしろ結構キツイが、今思うと大人気ない怒り方だった。

 子供でも好きな大人もいれば嫌いな大人もいる。子供に好かれる大人は大人にも好かれるのではないか。子供に嫌われる大人は大人からも嫌われるのではないか。
すごい剣幕で怒ったその母親は、あまり好きではなかった。

 子供の怒り方。今は他人の子を怒らなくなったと言われるが怒ることがいいことなのか。怒り方もけっこう大切なのではないだろうか。そのことがあってからかは分からないが、他人に物を言う時はお互いの気持ちを考えないといけないんだなぁ、と言うことを学んだのは確かである。

 大人になった今、自分は子供の心に残る言葉を言うことができるだろうか、そうでありたいと思うのである。